京都大学ELPの勧め
京都大学Executive Leadership Program (京都大学ELP)は、現在ビジネスや行政を始め多様な社会の第一線で活躍し、将来各界のリーダー人材として我が国の発展を担っていくことが強く期待されている皆様を対象に、学術・文化・芸術の都である京都の地で、本学を始め斯界を代表する当代第一人者による講義と直接対話を介して、幅広い知識と素養を体得していただくためのリーダーシッププログラムです。
本プログラムは、京都大学構内の由緒ある橘会館(110年前に竣工された旧帝国大学総長官舎)で行われ、2015年の開始以来昨年度までにすでにのべ100名を超える方々が参加され、非常な好評をいただいてきております。京都大学ELP受講者には京都大学総長より修了書を授与させていただくとともに、京大ELP倶楽部(同窓会)にお入りいただいています。京大ELP倶楽部では、同窓生がプログラム修了後も定期的に連絡を取り合い、特別講義や多様な催しを通して、異種業界間での交流や情報交換に大いに役立っているとうかがっています。
さて、今や企業はCorporate Social Responsibility(CSR)を求められ、Environmeutal,Socialand Governance(ESG)が企業投資の重要な指標とされる時代です。とりわけ複雑さを増しつつある国際社会のなかで、経済を始め様々な社会活動の健全なグローバル展開のためには、広汎な知的文化的素養に裏付けられた人と人との円滑なコミュニケーションの力は、一層その重要性を増していると言えるでしょう。
18世紀の産業革命以降、科学と技術の急速な発達により世界の人々の生活は大きな進歩を遂げ、21世紀の今日、先進諸国ではIoTやAIなどの新技術により超スマート社会の実現を目指す第4次産業革命の時代に入っています。他方で20世紀末から、世界の気候変動とこれに伴う大規模自然災害、地球環境破壊と生命多様性の危機、人間社会での多様なレベルでの格差と分断の増大や食糧・人口問題、さらには相次ぐ新興感染症とパンデミックなど、文字通り地球レベルでの課題が顕在化してきているのも事実です。
これら諸課題の要因自体は科学によって問うことはできますが、それにより容易に解決に至るとは考えられません。英国の科学哲学者J.Ravetzらは、現代世界が直面している大きな問題は、事象自体の高度の複雑性とそれに係る利害の多様性によって特徴付けられ、「科学(Normal Science)によって問うことはできるが答えることのできない」領域に属しているとして、ポスト・ノーマルサイエンス(PNS)領域と呼んでいます。
先般来の新型コロナウィルス感染症のパンデミックも、まさにPNS領域の問題と言えるでしょう。ウイルスの特性や感染様式、宿主の免疫応答と病態発生機構などに係る科学的知見は急速に蓄積され、ワクチン開発もかつてないスピードで進められました。しかしこれらが人々の社会活動全般に統一指針を与えうる状況には必ずしもなく、その背景には、地域によって異なる社会習慣や宗教、政治体制、他方では様々な社会活動や多様な職業によって異なる利害など、多くの要因が複雑に関係しています。
この混乱は、ポスト(あるいはウィズ)コロナ時代にも、解消されるとは考えにくく、むしろ先鋭化する危惧さえあります。さらに今般のロシアのウクライナ侵攻によって、世界が新たな分断と抗争の時代に入っていくのではないかという不安と懸念が広がりつつあると言えるでしょう。
ビジネスや行政の世界において、複雑で混迷を究めつつある地球社会の中でこれからリーダーシップを取っていく人材には、自らが属する立場の直接利害に加えて、実に多様な観点からの知識や理解が要求されてくることになるでしょう。人口減少と超高齢化の進行が避けられない我が国で、ビジネスを含め新しいグローバル展開を進めていくに当たっては、学術・文化・芸術などに広い見識と理解をもったリーダー人材こそが今求められているのではないでしょうか。
京都大学ELPが、来たるべき新時代の幅広い素養と知識を備えた社会のリーダー人材の要請に、そして何よりも受講される皆様の知の喜びと新たな出会いに、少しでも貢献できることを心から期待しています。
京都大学総長 湊長博